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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和44年(ワ)372号 判決 1974年2月08日

原告 高馬士郎

右訴訟代理人弁護士 米田軍平

<ほか二三名>

被告 関西電力 株式会社

右代表者代表取締役 吉村清三

右訴訟代理人弁護士 山本登

<ほか五名>

主文

一、被告が昭和四四年一月三一日付で原告に対してなした譴責処分が無効であることを確認する。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一、原告の求めた裁判

(一)  主文第一項

(二)  被告は原告に対し一〇万円を支払え。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

第二、被告の求めた裁判

一、本案前の抗弁

本件訴のうち、譴責処分無効確認部分の訴を却下するとの判決。

二、本案についての裁判

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告が被告会社尼崎第二発電所に勤務する被告会社の従業員であり、かつ被告会社従業員をもって組織する関西電力労働組合尼崎第二発電所支部に所属する組合員であること、就業規則七八条が別紙(二)のとおりであること、原告が昭和四四年元旦別紙(一)の本件ビラを尼崎地区の被告会社社宅に配布したところ、その行為が就業規則七八条五号に該当するとして、同年一月三一日にいたり被告会社から本件譴責の懲戒処分を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、被告は、本件訴のうち譴責処分の無効確認部分の訴は、不適法として却下されるべきであると主張するので、まずこの点について判断する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば、就業規則七九条に「懲戒は、次の六種とし、その行為の軽重に従って行う。(1)けん責」と規定していることが認められる。譴責とは通常「始末書を提出させもしくは提出させることなく将来を戒しめる懲戒処分の一つである」と解される。そして、右のような譴責処分自体は、会社が就業規則を適用してなす判断ではあるけれども、いわゆる事実行為であり、これを意思表示もしくは法律行為と解することはできないから、それ自体で直接的に会社と従業員の間の法律関係を設定、変更もしくは消滅させることはあり得ない。

(二)  ところで、≪証拠省略≫によれば以下の事実が認められる。すなわち、

1  被告会社と組合との間に基本給の昇給および基本給の定期昇給制度についての協定が締結されているところ、各協定書の中に、特別の事情のある者に対しては通常以下に定めた低額の基準表が適用される旨の規定および、特別の事情ある者とは、当該資格段階に相当する能力を有しながらその成果を発揮しなかった者および勤務態度が著しく不良の者等をいうとの規定がある。そしてその具体的な例として降格にまで至らないが懲戒をうけた者があげられている。

2  被告会社と組合との間に資格制度に関する覚書が交されているところ、それに付帯する確認事項第4項中に「精神障害、身体障害、懲戒処分その他により当該資格段階に期待されている職務能力を欠き、もしくは、その能力の発揮を会社として期待しえない状況に至った場合は降格させる。」との規定がある。

3  会社には社員永年勤続表彰規定が存在し、その中に「第二条 永年勤続表彰は社員が勤続年数満一〇年に達したとき及びこれに五年を累加した勤続年数に達した都度行なうものとする。但し、懲戒処分を受けたものに対しては次期の表彰該当勤続年数に達したときに限りこれを表彰しないことがある。」「第四条 副賞金は次に定めるところに従い勤続年数に応じて授与するものとする……勤続満一五年のもの一五、〇〇〇円」との規定がある。

以上の各事実が認められ右認定に反する証拠はない。

(三)  右のとおり被告会社においては、懲戒処分(譴責処分を含む)を受けたことにより、その被処分者が人事考課の面で事実上の不利益を蒙る危険を強いられるばかりでなく、いわゆる昇給、昇格、永年勤続表彰等にあたっても、不利益な取り扱いを受けることがある旨を労働協約ないし就業規則中に規定している。すなわち懲戒処分を受けたものは、そのことだけで、給与その他の法律関係につき種々の不利益を強制されるかも知れぬという派生的法効果を免れ得ないものであることが認められる。ところで、このような法効果は適法な懲戒処分を受けた場合にのみ招来さるべきものである。言い換えると、懲戒処分が不適法になされたものであるにも拘らず、もし会社がそれを適法処分である旨誤解しているような場合には、同誤解にもとずいてなされる種々の不利益取扱はすべて違法ないし無効である。したがって、もし、不適法な懲戒処分が行われた場合には、その処分を要件とする不利益な取扱はすべて違法である旨を宣言する意味において、端的に当該懲戒処分それ自体の違法すなわちそれが無効であることを確認することもまた真の紛争解決に資する所以であると解される。

(四)  以上にみたとおり本件譴責処分は、上司の単なる注意、訓戒とは異なり、就業規則を適用してなされたいわゆる懲戒処分であるところ、同譴責処分は人事考課の面で被処分者に事実上の不利益を与える危険があるばかりでなく、この処分を要件にして、いわゆる制度的にすなわち労働協約あるいは就業規則の規定を適用することにより、被処分者の法的地位たとえば昇給等に対し不利益な影響を及ぼすことが可能である。したがって、同処分の違法を信ずる被処分者は、右のような不利益を避けるため、同処分が適法なものとして取扱われるのを防止すべく、同処分の無効確認を求める法律上の利益と必要を有しているものと解されるから、本件譴責処分無効確認の訴はいわゆる確認の利益を有し、適法に提起されたものといえなくはない。これに反する被告の本案前の主張は採用できない。

(五)  なお、右確認の訴は次の点からも適法であると考える。

譴責処分は、それが懲戒処分であることのため、つねに被処分者の「名誉」を侵害する。したがって、何ら正当な理由もないのに不適法な責譴処分を受けたものは、違法に「名誉」を侵害されたものとして、民法七二三条にもとづき、加害者に対していわゆる名誉回復請求をなすことが可能である。この場合、裁判所は「名誉を回復するに適当なる処分」を命じ得るのであるが、同処分は、名誉回復目的に適合するものである限り、その請求者(被害者)において自由に選択することが許されると解する。ところで、名誉というものが多分に主観的なものである関係から、その回復方法についても被害者の主観的要求を尊重しなければならない場合が多いため、同方法がある程度多岐多様に亘ることは避けられないところである。

したがって、違法責譴処分の場合においても、裁判所は、被害者(被処分者)の前示方法に関する要求を尊重し、それがいわゆる名誉回復方法として適当なものである限り、ある場合には加害者(懲戒権者)に処分取消文の作成交付を命じ、あるいは端的に譴責処分の取消しを宣言し、もしくは同処分の違法ないし除去を宣言する趣旨でその無効を確認するという方法を採用しても、別段誤りではないと解される。ところで、本件の場合、原告は、前示譴責処分をもって名誉を侵害する不法行為であると主張し、その救済を求める趣旨で処分の無効確認を訴求しているところ、弁論の全趣旨によれば同確認判決によって原告に対する救済すなわち原告の名誉回復が充分に達成できる旨容易に確認できるから、この訴は、その利益を有しかつ必要性を具備するものと解される。したがって、これを不適法として排斥することは許されない。

もっとも、このような結論に対しては、実体法と手続法を混同するものである旨の非難があるであろう。けれども、いわゆる確認判決が不法行為に対する救済方法すなわち紛争解決手段として極めて適切である本件のような場合には、右の非難にも拘らず前示の結論をなお是認すべきものと考える。

三、そこで本件譴責処分の適否について以下判断する。

(一)  ビラ配布および譴責処分が行われた事情

≪証拠省略≫を綜合すれば以下の事実が認められる。

1  原告は、工業高校を卒業し昭和三〇年四月に定期採用者として被告会社に雇用され、以来同会社尼崎第二発電所に技術者として勤務し、現在補修課機械係に配属されている者であり同係タービン班の従業員約二〇名のうちでは、同班での勤務年数が最も長くなっている。

また原告は、昭和三四年本部委員会(組合の機関である)の本部委員に就任したのを始めとして、三五年以後四一年迄支部執行委員あるいは地区大会の代議員、本部大会の代議員、電労連大会の代議員等の役職を歴任した。昭和四二年度においては、地区代議員、支部執行委員、本部代議員等に立候補したがいずれも落選し、それ以来組合の役員には就いていない。

2  原告は、会社から組合員に対する種々の圧力が強まっているので、このような圧力をはねのけ、昭和四四年度こそは組合員の団結を強めてすばらしい年にしなければならないと考え、これと考えを同じくしていた被告会社の従業員奥山民男外数名と相談のうえ、同年の新年にあたっての挨拶を作成し、会社従業員に対して配布することを企図し、来るべき一九七〇年問題の重要性と、職場における従業員の低賃金、無権利の状態を訴えるべく、その内容についても右の数名と相談のうえ、別紙(一)のとおりの内容の本件ビラを作成した。作成したビラは、同人らで会社の阪神地区の社宅に手分けして配布することとし、原告は尼崎市大庄所在の社宅に配布することを分担し、勤務時間外である大晦日の除夜の鐘がなり終った直後の昭四四年一月一日、右社宅の各戸に本件ビラを配布した。そして本件ビラは、右のほか、西宮市鳴尾、今津各地区所在の社宅に対しても配布され、原告の配布したビラを含め、配布されたビラは約三五〇枚であった。

3  被告会社兵庫火力事務所は主として兵庫県下に所在する被告会社の火力発電所を管理統括する機関であり、原告の勤務する尼崎第二発電所は同事務所の管下にある。同発電所の当時の事務課長訴外武藤義也は、同日、同発電所運転課主任より、原告が本件ビラを配布していたとの報告を受けるとともに本件ビラを入手しその内容を了知した。同課長は、同月四日および二二日の両日、原告に対し、本件ビラ配布の事実をただすとともにビラの内容が会社を中傷誹謗しているとして反省を求めたが、原告は配布の事実を認めたものの会社とは関係がないと言い反省の色を見せなかった。そこで同課長は、右の事実を同発電所の所長、次長に報告するとともに兵庫火力事務所へ連絡した。

右報告を受けた兵庫火力事務所は、本件ビラは会社を中傷誹謗し、会社と社員間の信頼関係を破壊する不当なビラであり、社員の身分にありながら右のようなビラを深夜ひそかに配布することは就業規則の懲戒事由に該当するとして、事案概要書、現認者の現認書、事務課長の事情聴取書、本件ビラを添え、会社社長宛原告の懲戒内申を行なった。

4  被告会社では、右内申を受けて、賞罰委員会に付議することに決定した。右委員会の担当機関は、事実を調査し、ビラの内容に検討を加え、法律問題についても専門家の意見を聴取したうえで昭和四四年一月二九日右委員会を開催した。原告は右委員会に出席し、事案について説明あるいは返答を行ないかつ意見をのべた。右委員会は、審議の結果、「原告は一方的解釈をもって会社を中傷誹謗したビラを作成し、深夜ひそかに当社社宅に多数配布した。この行為は、社員およびその家族に対する不信感の醸成を企図するものであり、会社と社員との信頼関係を破壊しひいては企業秩序の紊乱を招く不都合な行為であって、就業規則七八条五号に該当し、同七九条一項一号の譴責処分に付すべきである。」との結論に達した。

しかして被告会社においては、右委員会の決定に基づき社長の決裁を経た後の同月三一日兵庫火力事務所長を通じて、原告に対し右懲戒理由を口頭で説明し、懲戒辞令を交付した。原告はこれに対し、本件ビラは事実に基づいて書いたもので、何ら中傷誹謗した覚えはないことおよび懲戒処分で本件ビラの配布活動を規制することは、労働者の文書活動、あるいは個人の表現の自由に対する弾圧である旨を述べ抗議した。

5  原告は、昭和四四年三月六日頃本件懲戒処分を不服として労働協約の定めに従い本部苦情処理委員会に対し苦情の申立を行なったが、右申立は同年四月二一日付で、理由なしとして却下された。

6  被告会社は、原告を懲戒処分に付したことならびにその事由について社報に掲載したほか、それ以前の同年一月二九日付で本件ビラ配布行為に関し、社長室担当支配人から社員の自覚と職場規律の確立についてと題する通達を発するとともに、兵庫火力事務所長からも右と同様の内容の達示を同所管内の従業員全員に交付した。

これに関して尼崎第二発電所運転課村松一および東巌からそれぞれ同発電所ならびに関西電力宛に疑問点の釈明を求めたが、会社側からこれに対する正式の回答はなされていない。

7  組合は、前記賞罰委員会の開催について連絡を受けたが、本件ビラ配布行為は組合機関の指示によって行なったものではなく、また組合員としての行為とも認められないので組合は関知しない旨を述べ、放任した。また組合の機関紙「つながり」同年二月五日号は、本件ビラ配布行為について、組織の破壊分裂をねらうものでありビラの内容およびこの種の行為は許されないとの見解を述べている。

以上の各事実が認められ右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  勤務外の行為に対する懲戒の適否

原告は、本件ビラ配布は、勤務時間外に会社施設を離れて行なったものであるから、会社の労働指揮権、施設管理権と抵触する余地はなく、したがって懲戒規定を適要するに由ない旨主張している。なるほど、本件ビラ配布は、原告が勤務時間外に、職場以外の場所でなしたものであること前示認定のとおりである。しかしながら、たとえ企業外で就業時間外になされた行為であっても、その行為が使用者に及ぼす影響いかんによっては、それに対し、いわゆる懲戒規定が効力を及ぼすこともあると解される。けだし、労働者が使用者と労働契約を結んだ以上は、その附随義務として、企業の内外を問わず使用者の利益を不当に侵害してはならないのはもちろん、不当に侵害するおそれのある行為をも差し控えなければならない場合があると解されるからである。したがって、原告の右主張は採用できない。

(三)  本件ビラの内容の当否

被告は、本件ビラの内容は原告の一方的解釈をもって会社を中傷誹謗したものであると主張するのに対し、原告は真実に基づくもので表現の自由の正当な行使である旨弁疎する。そこで、本件ビラの内容が会社を中傷誹謗するものであるか否かについて検討する。

1  会社が七〇年革命説ないし暴動説を唱えている(ビラの第一節)との点について

≪証拠省略≫によれば、会社が昭和四三年三月、労働協約改訂交渉していた席上「企業防衛条項」挿入に際し、一九七〇年になれば社会的な困難が発生し、ひいては会社の発電所、変電所に対し破壊活動がなされるおそれがあり、万一このような事態が発生した場合には労使協力して企業防衛にあたるべきことを組合に対して説明していること、また毎日新聞は、会社の判断として、安保騒動がエスカレートした場合、一部の破壊分子が送変電施設などを襲撃して停電を起こし、社会不安と経済・社会活動のストップをねらう公算がある旨の記事を掲載していることが認められる。

右事実によれば、安保改訂の年である一九七〇年には、労使が一致して企業防衛にあたらなければならないような破壊活動が発生するおそれがある旨を会社において危惧しているものと推認するに充分である。したがって、会社のこのような態度をもって、会社が七〇年革命説あるいは暴動説を唱えていると表現してもあながち事実無根であるとはいえないから、会社の経営につき何らの権限も与えられていない原告が非革命説あるいは非暴動説を採り、その立場から、会社の右態度を非難しても、このことは未だ会社を中傷誹謗したものには該らないと解される。したがって、右革命説あるいは暴動説を非難したことを事由として、原告を問責することは許されない。

2  差別、村八分を行なった(ビラの第三節)との点について

≪証拠省略≫を綜合すれば以下の事実が認められる。

被告会社においては、昭和四一年、会社と組合の協定に基づいて資格制度が採用されており、技術者については上位から参事、副参事、技師、副技師、技師補、技手、技術員の系列がある。高校卒技術系の定期採用者は、最初技術者の資格に格付けされ勤続四年ですべて技手に昇格し、技手は、最短者は四年で、標準者は八年(したがって入社後一二年)で、また最長者は一一年(入社後一五年)でそれぞれ技術補に昇格するものと協約上定められている。原告は、昭和三〇年に入社したものであるから、本件ビラ作成の頃、入社以降一三年を超えており、したがって、技手としてはすでに標準者の滞留期間を超えていたにもかかわらず、なお技手の資格に留まっていた。原告と同年度に入社した技術者約四〇名のうちで技術補に昇格されずなお技手に留まっていたのは、原告のほか僅か数名に過ぎなかった。

昭和四一年一一月会社と組合との協定により、昭和四二年度以後三ヵ年間の基本給の定期昇給制度が定められ、各資格における昇給額のランクたとえば技手のそれは最高一、二〇〇円、標準一、〇〇〇円、最低八〇〇円とする旨が定められた。右制度が実施された昭和四二年度以後における原告の昇給額は、つねに右に定められた最低ランクの額であった。右の事情のほか、基本給の額が資格によって決定されているため、本件ビラ作成当時における原告の賃金は相対的に低額となり、同期の者のうち最高のものに比べると、月額一万円程度も下回るという状態であった。

尼崎第二発電所において昭和四一年末に、「尼二会」という同職場内の職員の親睦団体が結成された。尼二会は明るい職場、正しい組合を作り出すことを標謗している。しかし、同会は、原告、村松一らいわゆる活動家を、職場の中でもっぱら共産党に奉仕するものであるとみなし、それらの者とは思想的にあい入れないとして同会員から除外している。そして結成後は、職場の転出入者の歓送迎会、忘年会、各職場対抗のスポーツ大会、囲碁大会、文化祭、体育祭などを主催し、または参加選手の人選にあたっているのであるが、会員以外の者についてはこれらに参加を認めないし、または選手として選出しないので、非会員である原告らは、従前と異りこれらに全く参加できなくなった。もっとも会社が主催する社員慰安会には原告らも参加している。

また尼二会では、昭和四二年度から同会員のみを組合役員に当選させるようその組織を利用して選挙活動を行なうようになった。そのため、会員外の原告らは、組合役員に当選することができなくなった。

以上の各事実が認められる。

ところで、原告の賃金、および資格が前示のとおり低位にあるのは、果して会社の不当な差別によるものであるか否か、また尼二会から廃除された原告が職場の中で前示のとおり孤立を余儀なくされているのは、果して会社の意図によるものであるか否かの点については、未だこれを断定するに足る的確な証拠はない。しかしながら、前記認定の諸事情の下においては、現に不遇な立場にある原告として、これらを会社による不当な差別待遇であると感じ、あるいは会社の意図による孤立化の推進であると考えるのは極めて自然であると推認される。したがって、会社が右のような差別をなし、また孤立化を推進したものである旨原告において断定し、これを非難攻撃しても、そのことは未だ会社を中傷誹謗したものには該らないと解されるから、このことを事由に、原告を問責することは相当でない。

3  給料、賞与が他の会社より低い(ビラ第三節)との点について

≪証拠省略≫を綜合すれば以下の事実が認められる。

組合の上部団体である電労連加盟組合所属の各組合員の昭和四三年九月現在の基本給、基準内賃金等は、別紙(五)のとおりであり、賞与金ならびに一時金の合計額は、別紙(四)のとおりである。四四年四月度の中労委退職金事情調査によれば、三〇年勤続者の退職金は、電力産業の場合平均六六〇万円であって、これは被告会社と同額である。男子全従業員の賃金について見れば、電力産業の平均賃金は二〇才未満、二〇~二四才の年令帯においては全産業の平均賃金より低額であるが、その他の年令帯においてはこれを上回っている。しかし高校卒職員男子実在者基準内賃金については、電力産業は、全産業平均よりもすべての年令帯において低額であり、また昭和四三年度男子職員初任給は、電力産業の場合、全産業の平均よりも低額である。

被告会社と電力他社を対比すると基本給のみについては、九電力会社中で最低であるが、被告会社では、基本的な賃金を基本給と特別給の二本立にしているため、これを合計した金額ならびに基準内賃金では平均以上であり、九電力会社中、一、二位にある。被告会社の昭和四三年の年末手当は平均一四六、二〇〇円であったが、これは九電力会社中最低であった。昭和四四年の賃上げ要求において、被告会社の退職金および退職年金現価の落ちこみは東京電力と比べて約七〇万円であると組合では説明している。

以上の各事実を認めることができる。

右事実によれば、本件ビラ作成当時、被告会社の給与水準が他の電力会社に劣っていた旨断定することはできないが、しかし、被告会社と同等の地位にある東京電力の給与水準よりも多少劣っていたのではあるまいかと疑う充分の理由がある。したがって、この点に着目した原告が、他の会社よりも低い給料、少ない賞与を押しつけられている旨表明しても、そのことは未だ被告会社を中傷誹謗したことには該らない、と解される。

4  既得権を剥奪した(ビラの第三節)との点について

≪証拠省略≫を綜合すれば以下事実が認められる。

被告会社の尼崎第一発電所では、昭和四一年四月一日から運転体制を変更した。それ以前は、年間無休で運転する体制であり、それに応じた人員を配置されていたが、実際には休日に稼動することは殆んどなかったところから、実際に合わせるため平日は午前八時半から午後八時まで運転し、休日、日曜は運転を休止するとの体制に改めた。これに伴って、従業員数を三七〇名から二三〇名に減少した。休制変更後も電力需要が増大したときは一年に一〇日程度午前七時半から運転する日もあった。

被告会社はかねて理髪補助として、一名一回につき二〇円の補助を行っていたが、昭和四一年四月頃これを打ち切った。これは会社と組合本部との話し合いで廃止がきまったもので、その後は、右の費用と同等の資金が他の厚生費に組み入れられている。

また尼崎第二発電所では、かねてから会社が洗濯夫を置いて従業員の作業衣を洗濯していた。この制度は尼崎第一発電所、第二発電所のみで行なわれていたところ、兵庫火力事務所と組合兵庫地区本部、右発電所と当該組合支部とがそれぞれ協議して、その廃止を合意し、その結果、昭和四三年一一月をもって廃止された。その代償措置として尼崎第二発電所では電気洗濯機五台を設備して従業員に無料で利用させている。しかし右措置にもかかわらず、右洗濯場制度の廃止に対しては同発電所従業員の一部に大きな不満を持つものがあった。

以上の各事実が認められ右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、尼崎第一発電所においては人員減少により労働強化が行われたものといい得るし、また従来認められていた理髪補助および洗濯場制度も打切られあるいは廃止されたので、これにより不利益を蒙った者の立場からすれば、これらは「既得権のとり上げである」と言えなくはない。

しかしながら、前示認定の事実から考えると、右の労働強化は、正当な経営合理化の当然の結果として従業員が受忍しなければならないものであるが推認できるし、また、理髪補助の打切りや洗濯場制度の廃止も、従業員全体の立場からみれば、いわゆる権利の喪失ではなく、権利の正当な変更にすぎないと認められるから、これらをもって被告会社が既得権を不当にとり上げたものとみることは許されない。したがって、本件ビラにある「会社……いろいろの既得の権利をとり上げて来た」との部分は、原告が会社を中傷誹謗する不都合な文書であると認むべきものである。

5  本件ビラの他の記載部分について本件ビラの第三節には次の趣旨の各記載がある

① 昨年、会社は、差別・村八分を始め、およそ常識と法では許されないやり方で労働者をしめあげた。

② そこで、私達は、大会社(被告のこと)の正体がどんなに汚いものか、どんなにひどいものかを体で知って来た。

③ 今年も、会社は……以前にもましてみにくく、きたないやり方をするでしょう。

これらの文言は、会社が差別・村八分をするに止まらず、それ以外の方法により非常識行為および違法行為を繰返して来た旨を述べ、将来も必ずそのような行為を繰返す旨を断定したものである。しかし、会社が差別、村八分以外に更に非常識行為および違法行為をなしたことを認めることはできないし、また、将来そのような行為が行われる危険を認めるに足る充分の証拠もない。したがって、右の部分もまた原告が会社を中傷誹謗した不都合な文書であると認むべきものである。

6  以上にみたとおり本件ビラの記載は、その一部については正当な根拠があるけれども、他の一部は、事実にもとづかずあるいは事実を殊更誇張、歪曲したところののいわゆる不実の記載である。そして、同ビラの第三節(その標題は天に唾はく……会社のやり方)を通読すれば、同ビラが全体として、被告会社を中傷誹謗していることを認めるに充分である。これを作成した原告の意図が、一九七〇年問題の重要さと、職場における無権利状態を知らせ、会社の政策を批判する動機から出たものであるとしても、良識ある労働者としての節度を越えた表現、内容が見られるビラが、被告会社を中傷誹謗するものであることに変りはない。

そして、被告会社の従業員である原告が、会社を中傷誹謗した本件ビラを作成し、かつそれを従業員間に配布することは、労働該当者としては許されない不都合な行為にすることは明白である。

(四)  本件ビラ配布行為の不都合の程度

原告の本件ビラ配布行為が不都合な行為であることは右のとおりであるが、前記就業規則七八条五号は「その他特に不都合な行為があったとき」と規定し、同条前各号に該当しない不都合な行為のうち、反価値性の高いもの、すなわち行為および情状において特に悪質な不都合行為のみを懲戒の対象とする旨を定めている。このことは、同条の規定の体裁および文言からまことに明らかなところである。

そこで原告の本件ビラ配布行為が右にいう「特に」不都合な行為に該当するか否かについてさらに検討の要がある。

1  被告は本件ビラの配布行為が、社員およびその家族の会社に対する不信感の醸成を企図したものである旨主張する。たしかに原告の右行為は右のような不信感を醸成するかも知れないという危険を惹起したであろうけれども、しかし、その危険性は極めて軽微なものにすぎず、本件の場合、右の不信感が醸成されたことを認めるに足る証拠はない。したがって、原告が被告主張のような企図のもとに、本件ビラを作成配布したとしても、そのような企図を達成することは当初から殆んど不可能な状態にあったことが推認できるから、右の「企図」のみをもって、原告を強く非難することは相当でない。

2  原告らが配布したビラは、会社の社宅内に限られ、企業外の第三者にまで配布されたものでないことは前示のとおりである。したがってビラを受取る方も、会社の従業員ないしその家族であるから、本件ビラが言及している会社の姿勢ないし労働条件等については、当然正確な知識を持っており、もしくは容易に正確な資料ないし知識を入手しうる立場にあったことが推認できる。したがって、本件ビラ配布が他の従業員に与えた悪影響および会社に蒙らせた実害は殆んどなかったものと認めるのほかはない。

3  さらに表現方法については、表意者の学歴、職歴、地位等を考慮して評価すべきものと解されるところ、前示のとおり原告が組合役員を七、八年にわたり歴任したものであること、および工業高校を卒業して被告会社に入社以来もっぱら技術関係の仕事に携わって来たものであることを考慮すれば、本件ビラの表現方法がある程度誇張にわたりあるいは激烈になったとしても、それは止むを得ないものとして斟酌する必要があると解される。

4  また、原告は、前認定のとおり、同僚に比べ資格、昇給の面で劣った待遇を受け、また職場の中で職員間の行事からも除外されていたので、これについて不満ないし疑問を抱いていたものと推認できる。そこで会社としてもそのような原告の不満ないし疑問に対して、充分納得のいく措置を講じてこれを解消させるべき配慮をなすべきであったのに、そのような配慮を尽したことを認めるに足る証拠はない。したがって、このような被告の態度もまた原告に本よる件ビラ配布行為については被告会社にも、一斑の責があると考えられないこともない。

(五)  本件譴責処分の違法性

以上判示した諸般の事情特に前項1ないし4の事実を綜合勘案すれば、原告の本件ビラ配布行為はなるほど不都合ではあるけれども、その情状においてさほど悪質ないし重大なものと評することはできないから、いまだ「特に不都合な行為」には該当しないと解するのが正当である。したがって、本件譴責処分は、就業規則の適用を誤ったものとして不適法であり無効である。

四、最後に、原告の慰藉料請求の点について判断する

原告がその主張どおり、違法な譴責処分を受けたことにより名誉を侵害され、相当な精神的苦痛を蒙ったであろうことは、弁論の全趣旨により推認するに難くない。しかし、原告のこの精神的苦痛は、本件譴責処分無効確認部分の勝訴判決が確定することによって名誉が回復される結果、充分慰藉される事情にあることもまた弁論の全趣旨により容易に推認しうるところである。したがって、原告主張の慰藉料は未だこれを認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、この請求部分は理由がない。

五、よって原告の本件請求のうち、譴責処分無効確認を求める部分を正当として認容し、慰藉料の支払を求める部分を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義康 裁判官 上野昌子 前川豪志)

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